教材として映画を専門に開発している会社やその仕事に従事している方々が実在します。私個人は、あくまで「生活の中に取り入れ、自然なものにする」というのが目的なので、大げさな目標として、あるいはメインの教材として、映画を取り入れることには、非積極的で、条件をつけて、映画を教材にしてもらいたいとお願いしています。

普段の映画の見方について、少し改良してみてから、のほうがいいと考えています。そもそも、右脳開発を意識しないままの映画の見方は、問題があるかと思うのです。日本は、左脳をメインに使う学習法のまま進んできています。江戸時代の論語の暗記からずっとそうですね。もちろん、それが全面的にNGだということではないです。とはいえ、右脳をほぼ使わない状態というのは、あまりにもったいないのです。

私が2008年に帰国した頃には、DS脳トレがそろそろ下火?くらいな時期でしたが、簡単に右脳を開発できるというゲームやトレーニングを生活に取り入れたあと、劇的変化が見られた方はいるでしょうか?簡単にその成果が測れる方法までをご紹介されたというよりは、おそらくゲーム形式になっているトレーニングを続けることで、「なんとなく・・・」という感じで終わった方のほうが、圧倒的に多いのではないかと思うのです。

芸術や舞台、映像や音楽を生業としている方々、あるいは圧倒的理系の脳の使い方をしている方々は、右脳はかなり開発されていると思うのです。知らないうちに右脳を使っているのであれば、映画を英語学習に入れても、あまり大きな阻み・問題・ネガティブポイントは生まれないかもしれません。けれども、英語学習そのものに関して、単語を拾ったり、英語を日本語に脳内で訳しているという習慣が未だ続いている場合は、やはり効率が圧倒的に悪いことになります。

自分で映像を作れないのであれば、右脳がまだまだ開発されておらず、開発の余地ありです。たとえば、「カレー」という音を聴いたときに、映像ではなく文字を脳内に浮かべる場合には、左脳を使っていることになります。日本語は左脳へと変換する傾向が強く、英語圏の人間とは違う使い方をしていることが知識としてあると、言語学習にはスピードがつきますし、効率よく深さを追求することが可能になります。

このサイトあたりはいいと思いますので、読んでみてくださいね。

日本人の脳

日本人の音意識

 日本人は古い脳タイプ

 

そもそも、PCだから同じでしょ、という話ではなく、そのSpecによって処理の仕方やら保存の仕方、ソフトの使い方などが違うのと同じなのですね。

ここがわかると、英語学習だけではなく、日常的にもうんとラクになり、倖せ感も上向きになると思います。特に映画を見て英語と紐づけるのであれば、こうした違いは知っておくと、とてもいい資料です。

映像を見たときにも、さまざまな捉え方があります。ヒトが起きているときのような見方をしている場合のことを、自分がカメラになっている状態と呼ぶとすると、自分が撮影現場を俯瞰して眺めている様子を監督や野次馬として見ていることと捉えられます。前者が主観的になり、感情的な部分が多くなり、後者が客観的になり論理性なども多く含まれることになります。角度や捉えている広さと範囲、色合いや動きのスピードなども含め、いろいろと観察して、自分の設定について「振り返り考えること」ができていれば、映画はとてもよい英語教材になります。

これらが条件ですね。

ヒトは悲しいことに、ヒトであるがゆえに、

・ 頻度

・ 好き嫌い

で、物事をまず分類してしまいます。この解析を詳細にしておくと、映画での英語学習はもっと深い学びになります。

せっかく英語で見ている映画を、いちいち日本語に対訳しながら見ていることは、まったく英語学習にはマイナスの要素です。せっかく映像になっているものを、なぜ言語化せねばならぬのか?このクセを払拭し、ZERO化できれば、映画はとてもいい教材になるはずです。言語はそのまま受け止める。こんなことかな?ということを、言語化しないで、体感として落としてみることに意識を集中させてみる。

どうですか?どんな映画があなたの英語学習のためにいいか?は、個体差です。私ごときがあてずっぽうでこれがいいですよ!と言えるものではありませんので、ご相談くださいね。