TOEICやレベルに翻弄され続けてきて、中高の英語の授業だけではなく、英語スクールができ、その後、インターネットの発達により、オンライン英会話などもたくさんあり続け、この先ももっと進化があるんだろうと思うのです。

が、それぞれの教える側にいる人々のスタンスとして、「英語ができる」というのは何なのか?をはっきり・明確に・わかりやすく、しているでしょうか?ここ、大いなる疑問なのです。

たとえば、私はパイロットだったのですが、Rotorcraft ヘリコプターが乗れるというのは、ライセンスではないです。もちろん、ライセンスがあれば物事はとてもスムーズですし、就職にも繋がりますし、記録上・行政上問題がないので理想です。

これが英語における資格・検定などに当てはまる部分

操縦できる人の中でも、ライセンスの有り無しを超えたところで、うまい・下手というのもありますし、どの天候ならば、どの高度ならば、どのスキルならば、という風に分けて考えることだってできるのです。特にヘリの場合は、両手・両足をフルに使いますので、車のマニュアル車よりも複雑です。左手などは、操作が2種類あるので、その操縦はけっこう複雑です。上下と左右なのですね。さらにエンジン停止の不時着練習などになると、それらをとても短い時間の中で処理していくことになります。頭で考えている時間はないです。

これが、英語スクールや教える側によって、さまざまな分類に分かれているところです。そこでTOEICを使いスコアでレベル分けしたり、英会話では返答のスピードや語彙数、表現の英語らしさなどを汲みしたりなどで分けたり、Writingでは長さ・語彙・正確さ・スタイル・説得力などなどで分けたり、Readingではスピードや理解などで分けたり、ListeningではNativesの国別にしてみたり、スピードや内容などで分類したりと、まぁ、ごっちゃごちゃです(笑)。

それらを生徒さん側において、どうやって評価したらいいのか?と、困惑以外のナニモノでもないと思うのです。私は、教える側になる前は、学ぶ側でしたし、生命がかかることに英語を使おうと考えていたので、真剣ソノモノでした。

教える側になったときに、この『最大公約数』を考え出すことはできないか?と、時間をずいぶん献身して、ようやくたどり着いたのです。

生まれ育った環境・仕事・才能・得意不得意・周りにいる人々・感性・価値観などなど、便宜上分けることは可能なのかもしれません。けれども、私は個人を「統計学」の中に入れることは、単なる便宜でしかないと考えており、やはりみなさんを特別でユニークな個体として捉えたい態度なので、それを貫きたかったのです。

ゆえに、同じ言語である母語である日本語に着目して、それを切り口にすることを思いつきました。

今、自分が使っている日本語の80%は誰でも目指せる

というのが、他者と比較したり、教える側の便宜上の分類に左右されない、確固たる「英語ができる」だとしました。これならば、老若男女問わず、すべての人に使え、しかも学習法を説くにしてもわかりやすいと考えたのです。

言語は脳に入れ込まれ、そこで認知され、分類され、判断されて選ばれ、また脳の外から出ていきます。それゆえ、心理レッスンを入れることで効果が上がると考えました。実際に、心理だとは明言せずとも、子どもですらこの知識を入れるか入れないかで、次の行動に差が出ることがわかっています。ゆえに、子どもたちには、日本語を強化させたあと、同じことを英語でできるようになることが順番で、大人も結局は同じだという結論に至りました。

英語がペラペラ話せる、というのも不思議な表現です。だって、私は日本語も必要がなければできるだけ話しませんから・・・。ひとりであれば、独り言はびっくりしたときしか発しませんし、ペラペラ饒舌に話していることなど、年に数回くらいしかないですね・・・。日本語であろうが、英語であろうが。

みなさんも英語ではなく、まず自分の言語能力=日本語能力について振り返ってみてください。英語の目標設定もここから始まるわけです。Listeningなどはその顕著なものですし、Readingも然りです。その後、SpeakingもWritingも、日本語での限界にすぐに到達してしまうことがあると気づけていただければ、伸びるために費やす時間も最小限にしていけます。

そうなればもう、日常に英語が入り込むことも自然になってきます。ここを目指してくださいませ。