何度かすでにどこかに書いているのですが、私は子どもの英語早期教育にはかなり強めに反対しています。環境が母国語以外のものを提供してしまっている場合には、反対するものではなく、それはそれで対策があると考えますが、日本で日本語が母国語の場合、小学校に上がる前から教材を購入したり、スクールに通わせることには反対です。

小学校からならばいいのか?という質問に関しては、「個体差」と答えます。心理的発達には段階があり、その入り口から年齢に沿った他の項目が発達していない場合、英語教育を取り込んでも有効ではなく、むしろお子さんを混乱させるだけで、時間とお金を費やし、親御さんが期待しても、それらが露と消えるだけになる場合もとても多いのです。実際、たくさんの例を見てまいりました。

これは、トイレットトレーニングでも同じことが言えます。ヒトの発達段階は大いなる無理はできないのです。筋肉が発達していなければ、コントロールが効かないので、おむつを外すことはできないですし、心の準備ができていなければパンツを履いてトイレに自分で行くことは叶いません。

言語もまったく同じです。第一言語が天井です。天井越えをし、ロケット発射するようなことはまったく期待できません。それは奇跡の範囲です。ですから、母語の発達を見ながら、第二言語と取り組む必要性があります。

子育ては本当にたいへんな事業で、「早期に個体が社会の中で自治して生きていけるようにする」ものなので、そのために英語はいいと思う気持ちもよくわかります。ただ、物事には順番が大切なのです。Readiness:準備ができていないのに水を注ぐと、植木でも枯れてしまうことがありますから、そうしたことはやらないでいただきたいのです。

赤ちゃんから小学校くらいまで親御さんができる英語教育へのベストなことは、とにかくNativesの英語を聴いてもらうことです。自然な形で生活の中で、部分的にただ聴くのみでOKです。その際に英語だということを意識しなくていいし、意味が取れなくてもいいのです。自然に意味が取れていくような感じでいいです。母国語でやっているシステムをそのまま英語で応用していけるようになるまで待っていただきたいのです。

そうすれば、聴覚神経が脳へときれいに繋がり、音の差について無意識のうちに敏感になります。無理やり別の言語を聴かされ学ばされているというものではなく、自然な形でその結果も焦らず求めず、という形がいいのです。自然に開拓されていけば、いざやるぞ!という段になったときに、見事に開花するというわけです。

これが証明されているのは、海外赴任をした子どもたちが自然にやっていますね。わざわざ無理やり学ぶ必要はないケースのほうがずっと多いのです。大人が焦る気持ちもわかりますが、子どもはびっくり箱のように毎日いろいろなことを学んでいますから、そこに無理やりなものを加えず、自然な形ですべてを披露してあげてもらえれば、と祈るばかりです。

軍隊式・スパルタ式は、最終的には人としてのゆとりを持てない結果をもたらすことも間々あります。自発的にやりたくなる時期を待つこと。このAnticipationはとても楽しい待ち時間です。現代では、便利がどんどん進み、Amazonの配達時間が当日なんてこともあるので、きっと待つことがあまり楽しくなくなってきているのでしょうね。私個人は、効率や短縮を望むタイプですが、それを自分に課すことはあっても、他者に課すことはないように自分を躾けています。たまにやっちゃうんですけどもね (・・;) 自発的に物事を深く考える力から、自分で自分を成功に導くことが王道です。

王道で子どもさんたちに英語ができるようになってもらいたくありませんか?