2017年4月17日にビジネス英語について書きましたが、敬語はあります、とすでにそこで宣言しております。英語に敬語は当然あります。なぜないと言い切ってしまう人がいるのでしょうか?不思議すぎます。

為政者がいて、庶民がいて、政治形態が変わってきて、敬語がないなんてことはありえない。どんな言語であろうと、強弱はあろうと、敬語はかなりの言語に実在します。奴隷がいた歴史、封建制度があった歴史、紳士淑女に品位のレベルを置いた歴史などなど、考えればわかることなのに、どうしてないと言えてしまう浅薄な考えしかないのか、と少しため息が出ます。

では、細かくいろいろ解説する前に、一般的にオンライン上ではどのような記事があるか見ていきましょう。

丁寧な英語表現

英語に敬語はあるのか?

アメリカ人があえて英語を使わない理由

英語にも敬語がある!

敬語はある、と言ってもらえてよかったですが、言い切っているところは少ないのです。Google検索してみてくださいね。敬語を解析している著作も多くはなく、ある人は丁寧語はあるが尊敬語や謙譲語はない、などと言いきっているところもあります。けれども、ありますよ、謙譲語も尊敬語も。ただ、法則性があって、決まった形になっているケースが少なく、英語の本質である:

1.距離感

2.立ち位置/目線

3.考え方

によって決まるのです。

私はDalai Lamaに敬称として、His Holinessを使っていますし、Ma’am やSirも使う場面はあります。軍隊映画などを見れば、その差は歴然ですが、翻訳がいけないのでしょうか?厳密な差を日本語に訳しているから、本意が失われてしまうのでしょうか?皮肉や慇懃無礼などの差をわからないと、細密化していない敬語は、なかなかわかりにくいのかもしれません。

ビジネス英語の発展版で、丁寧語だけを学ぶのではなく、嘲笑や皮肉、侮蔑や罵詈雑言なども併せて意識していくと、敬語もわかりやすくなってくると思います。ただ、日本に上陸する映画はさほどバラエティに富んでいるわけではなく、「売れる映画」が上陸する傾向にあるので、オンラインで、B級ムービーを見るといいのですけれども、その選び方の基準がなかなかわからないかもしれません。

さらに、南部訛りや北欧訛りなどがある英語は聴きづらく、アジア訛りが残っている英語などにも、ドラマや皮肉、諦めや上下差などがたっぷり入っているのですが、それも訳してしまうところで失われた意味があるかもしれないです。そうした意味でも、ビジネス英語・敬語などとしてはっきりすぎるほど区別して学ぶよりは、英語の本質である基本のキを押さえておいてから、いろいろなバラエティに細分類化することを体感していくといいのだろうと思います。

敬語についてのWiki

文化の発達の仕方が違うので、日本語と同じ概念で使うもの、完全に一致して使うものは少ないので、日本語に訳してしまうとやはり理解に到達するまでに行かないことは多いかもしれないです。

ヒントとしては、日本語でのあらゆる敬語のスタイルを、

  • Time:時間やタイミング
  • Place:場所
  • Opportunity/occasion:機会や場合
  • Person:相手

で、違っているバラエティで、体感できるかどうか見てみることだと考えます。

その後、これに合致した場面では、英語ではどのような表現になるのか?ということがわかってくると、コンテンツも含め、文化的背景の違いも学べ、どのようなときにどのような言い方をするのか、距離の取り方や立ち位置などがわかってくるはずです。

私はやたらと時代劇が好きなのです。英語でも率直に言わない場面など、映画ではわんさかあり、言葉にしない粋というのもあることを、いつか知っていただけたら、とも願うのです。時代劇が好きなのは、日本も欧米諸国でも同じで、古めの時代設定の映画があると、ついつい見てしまう傾向にあります。もちろん、現代人が解釈したものですから、正確ではないものもたくさんあるのですが、その頃の香りが体験でき、自分の想像力が掻き立てられる感じがたまらなく好きです。

そして、ついでに歴史や人の心の動き、感情や社会状況やその他を知ることができて、ますます表現と受け取りのレパートリーが増える気がしている日々です。