国際化:複数の国家が相互に結びつきを強め、相互に共同して行動したり、互いに経済的、文化的に影響をあたえあう事象全般をさし、国際化社会とは、国際化の進展している社会をさす。

G8であろうが、サミットであろうが、なんでもいいのですが、それに入れていることはそれなりの軌跡を辿ってきた功績はあるだろうとは思います。ただし、きちんとした評価がもらえているかどうかはまた別物。

日本の立ち位置についていろいろな方がBlogを書いていますのでご紹介。

http://markethack.net/archives/51935431.html

http://hrdtks.com/?p=596

https://www.madameriri.com/2016/03/25/world-ranking-about-japan/

http://moteworld.net/lifegoeson/rising.html

 

島国なのだから仕方がない、という言い訳はもう通用せず、草食なんだからというのもあまり意味がなく、文化が独特だから、というのもまったく時代遅れで、「いいところ取り」しつつの、学び続ける態度は必要だと思いますね。だって!資源がないんですもの (-_-;)

私はあと20年も生きれば大満足なので(それすら怪しいと思っていたのに、このままで行くと90歳まで生きてしまうと太鼓判を押されて、少々食傷気味)、日本が衰退していくところはあまり見たくもないのですが、でも見てしまうのかもしれないと危惧ばかりが膨らみます。なぜならば、真の国際化からは、やはり内部での変革があまりに詰めが甘く、英語だけ、仕事だけ、テクノロジーだけ、と手落ちが多いように考えているのです。

どうせ優秀な人たちは、Brain 流出で海外に移住しちゃったり、二重国籍を取得して、行ったり来たり生活をするのでしょうけれども、日本から出られないで大きな刑務所に入った感覚に陥ってしまう人たちは、きっと多くいることになるのだろうなぁというのが、目測です。

本当の意味での自由とは、自主的・主体的に自分自身のポテンシャルを開拓しつつ、能力を花開かせて生きていくことです。場所はどこでもいいですが、タイミングと場所にけっこう縛られてしまいます。

そうしたタイミングとしては、今の日本の国力・状態・社会性・文化などなどが、どのように変化するか?は読めていたほうがいいですし、英語もその他の言語もできたほうがいいに決まっています。

具体的な国際化とは、前記事にも書いた通り、自分が倖せを感じられるコミュニケーションの中で、仕事も邁進でき、趣味も遊びも楽しく、変化に動じず、想定外が少なく、客観視している部分と主観でモノを見ている部分を冷静に判断できつつ、軽やかに生きていきつつも、他者と自分を同じように扱えることです。

2017年5月、Facebookの創始者であるMark Zuckerberg

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B0 が、中退したHarvardの卒業式演説を行いました。ESLのレッスンでこれを読み込み理解している生徒さんがいる最中です。世界の中での立ち位置を知り、人生に目的を持ち、人々が本気の平等を考えながら、大きな時間の流れの中に参加していることを意識しながらできることを増やしながら、人々と繋がりながら生きていく、というメッセージです。

演説和訳

 

真の国際化は、自分の国に居ながらもできるし、旅行をしてあらゆる文化を体験せずともできるし、高等な教育を受けずともできるし、自分らしく生きながらできるわけです。

けれども意識しなければ、自分らしく生きることはできず、他者の顔色をうかがい、同調し、本来の自分の姿を裏切り続けていくことでは、真の国際化には参加できないわけです。ゆえに、Precious One English Schoolでは、心理レッスンを通して、これらのことを前面に出しながら学んでいただいております。日常に馴れきらず、人々や社会の在り方を尊重しながらも、変化にビンカンであり、本来の自分の姿について深く感じ考え、それらを損なうことなく丁寧に大切に生きていくことで、新たな物事や概念を無視することなく、変化に戸惑うこともなく、与えられた時間を満喫することにより、いつのまにか世界の人々と繋がっていけること。できたら楽しいですよね?

しかし、Mark Zukerbergはすごい。やはりFacebook発想があっただけのことがあるのです。この妻を選び、これらの首脳陣を誘い、仕事をし、その傍らで、子どもたちと触れ合い、大金持ちの暮らしをしていないところがすごいです。彼の車は、未だにHonda Acuraという質素さで、推定資産3,7兆円も持っている割にはすごくシンプルに暮らしています。

泣けてしまったのは、彼の奥さんのPriscila Chanのススメ通り、子どもたちと触れ合い教えることを選んだのち、その子どもたち全員が来年、家族初めての大学進学者になると語ったくだりです。眼に見える変化をたくさんもたらした彼ではありますが、この可能性が無限大になることを未だコツコツ続けていることに、すさまじいほどのすごさを感じます。

私個人も比較的安価なコースを設けて、いろいろなことを試してレッスンを展開していますが、まだまだ進化中です。死ぬまで続けていかねばなぁと思うのでした。本当の国際化に貢献しながらも、やはり自分のためと開き直りつつ、毎日楽しく生きていけたら上等です。

みなさんの毎日の暮らしはいかがですか?英語が使えたらさらに繋がることができるかもしれません。