学びを充実させるために絶対的に必要なものは健康です。ヒトはMortal:死ぬべき運命の ですので、生命に限りがあります。そのため、ナマミを無視して生きていくことはできません。ゆえに、何かを成し遂げるためには、健康が資本となります。この基本をフル活用しない限り、学びは遅延されたり、中断されたり、挫折したり、という憂き目に遭います。

健康とは、何なのか?を具体的に世界保険機構が定義しています:

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)

この肉体的に限らない、精神的にも社会的にも、というところが肝心です。ヒトは社会動物であり、人々と触れ合う中で生きていきます。むしろ、ひとりっきりでは到底生きていくことが出来ません。赤ちゃんなどは数日しか保たないことでしょうし、大人であっても誰かが作ってくれた食物や道具を使っているからこそ、生き延びていけるわけです。さらに、精神的にも愛に育まれ、感じ、言葉や笑顔を交わし、自然に包括されつつ、健康で居られるし、好きなことは嫌いなことがあるからこそ際立ち、不健康を意識せずとも生きていけるわけです。特に、学習・勉強は社会的な意義が高く、生活水準や知性を上げるために歴史上汲み汲みと行われてきました。進化です。この進化に知らないあいだに参加している私たちも、健康を社会的に捉えてみることは少なく、知らないあいだに考えないまま、生かされるか死ぬか、という場面にならないとヒシと深く考えないことが多いようです。

実際のところは、この健康がありさえすれば今日も明日もなんとかなる、という楽観の下、ますます学んでいけるかどうか?という生命力を問われていますが、英語学習においてもそれは変わりません。ヒトは積み重ねの存在でしかなく、身についてしまったことをZEROにすることはたいへんに困難で、忘れたいことと、忘れてしまってかまわないことと、忘れたほうがいいことと、忘れてはいけないことと、忘れたくはないこと、などなど、差別化をしていません。この差別化ができていれば、新たなことを学んだときに邪魔になる概念と新たなことの矛盾や不整合性に気づけるのですが、差別化があまりできていないために、違和感のみ・まったく気づかない・矛盾のままに体現し続けて無駄が多い、などが生まれます。

健康であることとは、この学びの積み重ねがはっきりと蓄積されて、自分のものとして所有している状態を意識し、必要な場所・場合・相手・タイミングに応じたことが、死ぬまで続けられる自信や生命力であると思います。

心理学界では、70年代がSelf 自己を深く探求しました。80年代はそこから延長した、社会性に伴い、文化についての研究が花開きました。90年代は記憶・学習が着目され、もっと広い世の中で他者を理解することに繋がり、医学ではさまざまな疾病の見直しの中、特に長寿についての学問も成立し、認知症についてなどなどに広がっていきました。2000年代に入り、ミレニアム世代についての新たな考え方、国境のない広い考え方について心理学も追求し始め、同時に、脳神経学がますます発達し、自己免疫性に興味の中心はスライドしていきます。そして2010年代に入り、iPS細胞の実現化の他、技術革新をそのまま医学や生活向上のために促進することへと繋がり、さらに世界的な教育の場・平和や国際化などへと繋げていくために、さまざまな分野に細分類した試みがなされています。

こうしたことを理解するためには、英語はAdvantagesが高いですし、健康寿命を平均寿命に限りなく近づけていくためには、そもそも健康を意識して暮らすことが大切です。

学ぶためには、身体がしっかりと機能していること。さらにその身体に宿る精神が、個体が持っているはずである本来の能力の普通かそれ以上であること。社会の一員として、家庭でも職場でも学校でも友人関係などでも、コミュニケーションが充分に可能であり、そこでのストレスが少なく、あったとしても解消する方法を知っていることや工夫ができることなどで、社会的な健康が保たれるため、学んでいくことに加速や満足が得られます。

英語は、世界の違った文化・宗教・考え方などを、コミュニケーションしていくツールです。それを学ぶためには、日本人として日本で生まれ育った常識からハズレていたり、想像せねばならぬことも間々あり、少しがんばりが必要かもしれず、そのためにも健康であっていただきたいのです。

眠かったり、疲れていたり、ストレス満載だったときに学んでも、効率がいいわけではないので、笑顔が出るゆとりがある状態で、学びたいという欲する気持を持てる健康な状態で、立ち向かってほしいのですね・・・。

生まれ育った家庭では、幼い頃から葬儀や出産なども目撃し、参列し、さらに疾病のための通院やら、自分のケガなども経験し、不思議と健康なまま育った感があります。実際、この前インフルエンザやその他で寝込んだことはいつだったのか、思い出せません・・・。おそらく2005年くらい?いや、もう少し前?が、それも1日棒に振っただけ、という記憶です。チキンスープを飲んで全快したはずです。日本に戻ってからは、大雪の日に発熱をし、40℃以上に喘いだのではありますが、朝のレッスンをしたあと、午後だけキャンセルし、翌日の朝のレッスンはしていたので、寝込んではいない感じです(笑)。それが2008年か2009年の冬だったのですが、以来、まったく寝込んでおりません (-_-;)

腰痛があって、座位や立位に苦労はしたんですが、寝込むということがないままで来ています。次がいつなのか?とワクワクしつつ待ちながら、自身の学びはまだまだ加速中です。