英語を学ぶ人だけではなく、英語で表現するとかっこいいという風潮があるようで、

英語でOXOXOXってなんて言うの?

とよく訊かれます。そんなときに困るのは、

  • 誰に向かって
  • どのような場合に
  • どのようなタイミングで
  • なぜそれを

言いたいのか?

が不明瞭だと何とも言えないことが多いのです (・・;) 日本語と違って、定型文・標準的物言いの幅がかなりあり、ある程度のバックグラウンド情報が必要で、それゆえに、これらがわからないと、正しい英語にはならない可能性が高いのです。

何度も示してきたように(過去記事をごらんください)、英語の本質は、

  • 距離感
  • 立ち位置/目線
  • 考え方

をどんなセンテンスであっても入れ込む必要があるのです。ゆえに、この情報がないとなかなか正しい英語にすることが難しいため、追加情報を必要とする場合が多いのです。なぜならば、英語はイチイチこれらの情報を言葉に入れ込むわけではなく、「察する」ことが大切で、そうした思いやりや洞察の中で社会生活を営んできたからです。

多様性が高い言語では、そもそもそれでは不便なので、伝えたほうがいい情報をそもそも言語の中に長い時間をかけて入れ込んできました。ゆえに、女性名詞・男性名詞など、名詞にGenderをくっつけてみたり、日本語よりも数を数えることにビンカンにしてみたり、冠詞をつけてみたり、日本語とは違う法則性を持っているわけです。

全体的に、いつも戸惑うのではありますが、できれば力になりたいとは思います。ですので、いろいろ聴いてしまうのです。ごめんね、他意はないのですよ (・・;)

私的には、町の看板・歌詞・広告・インターネットなどなどで、不自然でおかしな英語をいつも見かけていますが、最近はもう慣れてきました(笑)。でも、自分の生徒さんにはそのような表現をする人にはなってもらいたくはなく、日々、試行錯誤をしていただいております。

けっこう話せるようになっても、書けるようになっても、文法が間違っているという範囲ではなく、センスの問題が問われる場面も多く、やはり英語の本質と、日本語の特質は離れているのだなぁと、教えながらレッスンの中でも日々感じています。

では、「なんて言うの?」発想から離れるためには何をしたらいいのか?

それなりの量が必要だというのはAgree:賛成です。けれども、その量や数を減らすことを、そもそもしているでしょうか?ちらし寿司でも魚を3枚に下ろすのでも、跳び箱でも逆上がりでも、トライアルの回数が少なく、失敗が少ないほうが効率はいい。ここに着目することなく、ただ単に暗記や反復に明け暮れることにより、本当に使えるようになるのか?という疑問は湧きませんか?

Aに対応するのがA’、Bに対応するのがB’だったらいいのですが、A”やら、A”’やら、A””などなど、多様性が高かったら、暗記や反復のみでは、到底対応できないのです。ですから、そもそもどうしてそうなるのか?という法則性を頭で理解したあと、体感していくことをおススメします。

いくつかの例で、「ああああああ!そういうことだったのか!」とわかれば、それを応用することができるだけの大脳皮質を持っていますので、ぜひともそっちのラクな道を選んでいただきたいのです。最初の3合目までが険しくとも、あとは口笛を吹いて景色を満喫しながら登れる山もあります。いえ、どんな山にでも登るだけの体力と知力をそもそもつけていただきたい、というのが本当のところでしょうか。なので、3合目まで行ったときに作戦変更をしたり、天候を見たり、その他いろいろな遊び心やもっと楽しめる案が出せるようになる。

AがA’になる、という考え方は、早めに捨ててしまったほうが、おそらく人生でももっと活用できる考え方なのです。AがA’になることもあれば、BやZになることもあるのだ、ということは、イヤというほど見てきたはずですから、英語にそれほどの信頼を以って、AがA’となると決めつけて掛かると、やはり結果は出ないということを、いい加減わかっていただけたらと思うのです。

たとえば、「今何時?」の言い方ですら、ざらっと考えただけでも7個ほどは思い浮かびます。「だいたい7時」という言い方もざらっと考えただけでも3つや4つは出てきます。それには、会話をする、いっしょに生きている空間を共有する人々との、望みや方向、タイミングや距離、感情や経験、人生観などが入ってきますから、暗記では到底カバーしきれないです。それは日本語でも同じですから、英語もぜひとも同じように扱っていただきたい。

まずは、日本語で類語辞典を触ったり使ったりしたことがない方は、眺めてみてくださいね。