前回からの続きになりますが、日本、特に子どもの学校などは、違う価値観を嫌ったり弾いたり、それがいじめにつながったりあると思うのですがアメリカだとお互いの価値観は認め合うのでしょうか?

 

良く日本にアメリカの乱射事件のニュースとか入ってきますよね。ああいう人たちは、人口の中では本当に少ない比率です。日本のように普通にいじめがある、という感じではないと思います。

乗り越えられない、いじめというのはあまりない気がします。私の実感ですが。もしかしたら私個人が、地域としていい場所に住んでいたのかもしれませんが。なぜならば、Silicon Valleyシリコンバレーですから、ヒスパニックやチャイニーズ、黒人、白人、様々な人種が一緒にいたので割と調和の中で生活出来ていたのかもしれないです。更に細かく問題定義していき、解決していこう、という土地柄だったのかもしれないです。

もしかしたらアメリカでも田舎のほうは黒人ばかり、白人ばかり、という土地もたくさんありますからそのような場所は違うのかもしれませんね。でも、いじめという問題も日常茶飯事にあるわけではなく子供は子供同士で解決して乗り越えたり、少し親や教師が後押ししていくだけで良い方向に向かって行ったり。アメリカは修正力というのがとても強い国なので、自分を変えて行こう、周りを変えて行こう、というような生命力は強く感じましたね。それはアメリカに行って実感出来てとてもとても良かった事の一つです。だから、今、年を重ねてきてもまだまだ自分も変われるな、という気持ちでいられます。

 

そのように世界には色々な価値観があるよ、という事を今、親として子供に伝えてあげるとしたらどのように話したらいいでしょうか?そのような悩みをもっている方は多いと思いますが・・・

 

例えば英語では<Yes-No Questions:イエス・ノークエスチョン>と<Open questions:オープンクエスチョン>の2種類があります。

こうこうこうでしょ?とイエスかノーしか答えがないもの=選択クエスチョンとも言いますが、それを会話として自分が喋るタイプなのかまず親御さんが見極めたほうがいいかもしれないですね。

例えば、“これ好きでしょ?”ではなく“何が好き?”とか“どうして好き?”と聞いたほうが、お子さんは自分で考えるようになりますよね。また、縛られている感じもしないと思います。そうすれば、違う価値観も当然あるよね、という馴れが出来るのではないかと思います。

例えば私の話ですが、長靴を履いたことないのです。小さいころ、うちの母も日本人気質だったので、赤かピンクの長靴を買わなければ買ってあげない、と言われたからです。私は青か緑が欲しかったので、だったらいらない、と断りました。黄色が妥協点で、傘は黄色だったので、じゃあ長靴も黄色、と言われたのですが、それもなんか嫌で。結局買わずに足元びちょびちょで幼稚園に通った記憶があります。それを聞きいれてくれた母には感謝していますけど(笑)

言っても仕方ないわね、という感じだったのでしょうか。

 

(18)につづく

 

Young Children With Bikes And Scooters In Park