ヒトには必ず「学ぶ余地」がありますが、その幅がうんと小さいもの、あるいは少ないものと思っていらっしゃる方も多いように見受けられます。量だけではなく、質についても、「こんなものだろう」とさほど信じていない方も多いように思えますし、特に時間についての強固な考え方は、崩すのがたいへんです。

The old dogs can’t learn new tricks: 老いた犬は新しい芸を学べない

これは嘘ですから (-_-;)

脳神経学においては、もう20年前に、脳細胞は死滅するものではあるが、高齢になっても学び続けることで、使っている脳細胞が死ぬことはないし、脳細胞ひとつひとつが成長し続けることは証明されたはずなのです。しかもこんなに説得力のある本が日本語でも出ているではないですかっ!

学びは時間にもやさしいのです。が、多くの人々は、「もっと若いときに勉強しておけばよかった」「もう無理!」等々、いろいろと言い訳を準備します。日野原重明先生をはじめとして、多くの方々が、いつまでも死ぬまで学び続けてらした姿勢を、尊敬こそすれ、自分は真似ないというのは、なんだかもったいない・・・。

http://hiroyukimurata.jp/core/books/ikutu-diamond.html

いろいろな考え方があることは、ぜひとも尊重したいのですが、

「生きてるだけで丸儲け」 さんま??

「死んで花実が咲くものか」 ことわざ

「このところずっと私は生きることを学んでいたつもりだったが、最初からずっと死に方を学んでいたのだ」 Leonard Da Vinci

「人間というやつは、いま死ぬという土壇場にならないと、気のつかないことがいろいろある」 山本周五郎

などなど格言は山ほどありますし、いろいろな人々が生死について哲学をしています。

http://meigen.keiziban-jp.com/ikiruimi

http://eikaiwa.dmm.com/blog/4690/

 

結局生き続ける限りは、前に進むしかないと考えたとき、学び続けていたほうがきっと最後の最後で、後悔がないと思うわけですよ。

私自身もけっこうな年齢になりましたが、実感としては、右肩上がりです。昨日や1年前、5年前、10年前よりも確実に賢くなっている気がしますし、削ぎ落とされた灰汁や鋭敏さも殺がれて、なんだか昨今は、ラクでいい感じなのです。

これはヒトの脳のピーク時を表しています。英語なのでわかりにくいかもしれませんが、日本語で同じものを作っているヒトがいません、オンライン上で。私がやるか?うーん、英語スクールなので、生徒さんもわかってくださるので、あまり必要性を感じていないのと、私には絵心ってぇものがないのですね (-_-;)

学び続けてきて、品位を以って、死に方まで含めて考えながら、今を生きるためには、学ぶという考え方をもう少し深めていったほうがいいように思えます。私の場合、心理学部で徹底的にさまざまな側面からいろいろなことを学び、もう1択しかないわけです。

ありとあらゆることを、この先使うかどうかわからないけれども、学んでおく。

が、できれば脳内に入っているものは、どんな形であれ行動にして伝えたいし、表現したい。

こうして生きてきて、この先後悔するか?と考えると、これまでの後悔も人生では2つほどしかなかったので(笑)、おそらくこの先もさほどの数はないと思われます。その2つって?10代のときにちゃんと運動部でがんばっておけばよかったかもなぁ、というものと、10代のときにちゃんと10代の恋をしておけばよかったかもなぁということ(笑)。とはいえ、どちらも今、支障を感じるほどの後悔ではないですね。運動のテストをしても、年齢値を大きく下回っている(若い?)し、恋に関しても自分の美意識に矜持はあります。

そうした意味で、学び続けること1択しかないわけです。どのように学ぶか、がその先にあると思いますが、学ぶことにより、学び方についてもきっと洗練されてくると信じていただきたい。そうすれば、きっとDa Vinciのいうところの死に方を学びきれるのではないか?と思えるのです。