英文を作ろうとすると、まず単語がわからないことで止まってしまいます。単語力を増やす事が大切ですか?

 

うーん、単語力というのがそれほど大切だとは思わないですね。日本語での語彙が天井だと思うので、その語彙を日本語でしっかりつかめていて、理解できていて、使えているかどうか、まず確認をしてもらったほうがいいと思います。

 

たとえば、椅子。簡単に椅子と表現しているけれども、それが

 

Sofa

Chair

Couch

Bench

Stool

などのどれに当たるのか?

 

映像ありき、なのです。でなければ、フツーに日本語→英語にしていると思うんですよ。もしかすると、この単語に形容詞をくっつければなおさらいいのかもしれない、という発想になりにくいかもしれないです。なぜならば、日本語では「察してもらえる」ために、わざわざたくさんの形容詞を駆使して日常会話として使っていないからです。

 

自分の心の中や頭の中の映像に忠実でいたい、と思う気持ちが大切なんじゃないでしょうか?小さい頃、「そうじゃない!こっち、コレ!」とやっていたような気持ちです。

 

そしてその映像が本当に正確だと確信したところで和英辞典を引けばいいと思うのです。こだわりぬいて辞書を使うのと、さりげなくそのまま自然な流れとして辞書を使うのでは、頭の中に残る密度に大いなる違いがあります。いっぺんに印象に残り、具体例と共に入っていくのか、その脳内のどこに入るのか、など、気合い?覚悟?手間暇?の度合を測ることを抜かすだけで、差が生まれてしまいます。

 

暗記のようなメカニカルな動作ではなく、もうひと手間、考えるということに映像をつけ、心にフィットしているかどうか確かめるだけなので、それほどの負荷はないと思うんですね。観察力なども同時についてしまうので、やったほうがいいと思います。語彙へのビンカン度も自然と上がります。

 

一つの行動がいくつもの成果が上がるように工夫を凝らしてみて、習慣にまでなると、人生の質が驚くほど変わります。英文を作るだけではなくて、単語にこだわるだけではなくて、語彙力を上げるだけではなくて、本当の意味での充実感を得る機会を、たくさん見逃してしまっていることに気づければ、きっとやらずにはいられないと思いますね。

 

だって、子どもですら、それほどの語彙数がないのに、思ったことを素直に率直に話せていること、多いですよね?日本人であろうが、スペイン人であろうが、カナダ人であろうが、タイ人であろうが、どこの言語でも変わりません。第2や第3の言語を学ぶときに必要なのは、自分が母国語で咀嚼している語彙を、少しずつでもいいから網羅していくことです。

 

誰かに押し付けられるのではなく、自分から知りたいと望むこと。それだけですね。

 

(68)につづく